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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)692号 判決 1974年3月08日

奈良市二名町中登美団地F七-二〇四

原告

小川年一

右訴訟代理人弁護士

佐藤哲

大阪市此花区伝法町北一丁目一番地

被告

此花税務署長

中嶋毅

大阪市東区大手前之町一番地

被告

大阪国税局長

山内宏

右被告両名指定代理人大蔵事務官

砂本寿夫

徳修

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

中村梅吉

右被告指定代理人大蔵事務官

山本洋

仲村清一

右被告三名訴訟代理人弁護士

川村俊雄

同指定代理人検事

井上郁夫

同法務事務官

山口一郎

同大蔵事務官

住永満

主文

一、原告の被告らに対する請求は、いずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告の請求の趣旨

1. 被告此花税務署長が昭和四一年一〇月一日付でなした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を三九五万九、一四八円とする更正処分(大阪国税局長の審査請求に対する裁決により減額されたのちのもの)のうち、八三万三、六三二円を越える部分を取消す。

2. 被告大阪国税局長が昭和四三年四月二三日付でなした、前記更正処分についての原告の審査請求に対する裁決は、これを取消す。

3. 被告国は原告に対し、金五万円、およびこれに対する昭和四三年七月一五日以降支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

4. 訴訟費用は被告らの負担とする。

5. 第三項について仮執行の宣言

二、被告らの請求の趣旨に対する答弁

1. 主文同旨の判決

2. 請求の趣旨第三項について仮執行の宣言が附される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、原告の請求原因

一、原告は、アパート業を営む者であつて、大阪市此花区内の零細商工業者が、自らの生活と営業を守ることを目的として組織した此花商工会、並びにこれら大阪府下の各商工会が結集した大阪商工団体連合会の会員である。

二、原告は、昭和四一年三月一一日、昭和四〇年分の所得税について総所得額を八三万三、六三二円として、確定申告(白色申告)をした。

ところが被告此花税務署長(以下被告署長という)は、昭和四一年一〇月一日付で総所得金額を四一〇万六、〇三六円と更正(以下本件更正処分という)し、その旨原告に通知した。

そこで原告は昭和四一年一〇月二〇日、被告署長に対して異議申立てをしたが、同署長は同年一二月五日、右異議申立てを棄却する旨の決定をなし、同日原告あてに通知した。

さらに原告は昭和四一年一二月七日、被告大阪国税局長(以下被告局長という)に対して審査請求をなしたところ、同局長は昭和四三年四月二三日付で、原処分の一部を取消して総所得金額を三九五万九、一四八円に減額する旨の裁決(以下本件裁決という)をなし、同月二六日原告あてに通知した。

三、被告署長のなした本件更正処分には、次の違法がある。

1. 原告の昭和四〇年分の総所得金額は八三万三、六三二円であり、本件更正処分には原告の所得を過大に認定した違法がある。

2. 本件更正処分の通知書(以下本件更正通知書という)には、更正処分をなした理由について何一つ附記されておらず、その後の異議申立てに対する決定ならびに裁決によつても、更正の理由は十分明らかでない。

3. 国税通則法第二四条によると更正処分は、調査に基づきなされるものであり、かつ右調査は納税者の生活と営業を不当に妨害することのない適正なものであることを要求されるところ、被告署長は原告に対し不当な調査をなし、かかる不当な調査に基いて本件更正処分をなした。

4. 更正処分は適正かつ平等になさねばならないのに、被告署長は、原告が商工会会員である故をもつて、他の納税者とは差別的にかつ商工会の弱体化を企図して、本件更生処分をなした。

四、被告局長の審査の手続には、次の違法がある。

原告は昭和四二年一二月四日、被告局長に原処分庁である被告署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告局長は、昭和四二年一二月一九日、原処分庁に弁明書の提出を要求していないという理由で、右請求には応じられない旨回答した。しかし被告局長としては、原告の審査請求が期間徒過による不適法な場合とか、審査請求を全部認容する場合など特別な事由がある場合以外は、右弁明書の提出を原処分庁に要求すべきであつて、被告局長がこれをしなかつたことは、行政不服審査法第二二条に違反するばかりか、審査手続に最も重要な争点の整理ないし確定すらしようとしない態度のあらわれであつて、行政不服審査制度の根本を無視するものといわなければならない。

五、被告国は、次の理由により、原告に対して、五万円の損害賠償をなすべき義務がある。

1. 原告は昭和四一年一二月七日、被告局長に対して審査請求をなしたところ、同局長はこれを長期間放置して、何らの裁決もしなかつた。そこで原告は、昭和四三年二月二一日、同局長を相手方として、大阪地方裁判所に不作為違法確認の訴え(同庁同年(行ウ)第六五号事件)を提起したところ、同局長は同年四月二三日になつて、ようやく本件裁決をなしたのである。

2. ところで改正前の国税通則法第八三条によつて、同局長が裁決をなす場合には、協議団の議決に基づかなければならないことになつており、これは、大量かつ回帰的な課税処分の性質上、第三者の立場から迅速公正な審査をなし、もつて納税者の権利を保護せんとするにある。このような協議団制度の趣旨に照らすと、審査請求につき慎重な審議がなされることが求められるが、その審議に相当な期間は通常六か月、最大限一年で十分である。

しかるに被告局長は、不当にも一年四か月間も放置したのであるが、前記1の経過に照らすと、被告局長は、速やかに裁決をなすべき義務がある(行政不服審査法第一条)にも拘わらず、故意にこれを遅延せしめたばかりか、既に裁決をなしうる状況にありながら、故意に裁決を遅延せしめるという違法を犯したものといわなければならない。

そして、この間被告署長は、本件更正処分に基づき原告所有の家屋を差押えて、長期間にわたり財産の利用を困難ならしめた。

3. 原告は、被告局長の裁決遅延という公権力の行使に基づく違法行為により、その間財産権の利用を妨害され、かつ速やかに行政救済を受ける権利を侵害されて有形・無形の損害を蒙つたが、そのうち無形損害(慰籍料)について金銭的に評価すれば、少なくとも五万円は下らない。

したがつて被告国は原告に対して、国家賠償法第一条第一項に基づき、右損害賠償金五万円並びにこれに対する不法行為後の昭和四三年七月一五日以降支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六、以上の理由により、原告は被告らに対して、それぞれ請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

第三、被告らの答弁および主張

(答弁)

請求原因一のうち原告がアパート業を営む者であることは認めるが、その余は不知、同二は認める、同三のうち更正処分の通知書に更正の理由を記載していないことは認めるが、その余は争う。

同四の事実中、原告が被告局長に対して被告署長の弁明書副本の送付方を請求し、被告局長が右請求に応じられない旨回答したことは認めるが、その余は争う。

同五の1のうち審査請求を長期間放置したことは争う、その余は認める。

同五の2の事実中、原告が述べている協議団制度の趣旨、および被告署長が家屋を差押えたことは認めるが、その余は争う。

同五の3は争う。

(主張)

一、原告の昭和四〇年分の総所得金額について

1. 原告の昭和四〇年分の総所得金額は四〇三万九、一〇〇円で、その内訳は給与所得金額六三万一、五八六円、譲渡所得の総所得に算入する金額三四〇万七、五一四円(明細は別表第一の(一)記載のとおり)である。

2. 譲渡所得三四〇万七、五一四円の算出根拠は、次のとおりである。

(一) 譲渡価額(別表第一の(一)の<イ>)

(1) 原告は、昭和四〇年三月三一日、別紙第二目録一の1記載の土地(以下A土地という)と、同目録一の2記載の土地(以下B土地という)を、訴外服部明に、七四七万二、五〇〇円で譲渡した。

(2) ところで原告は、A土地は昭和二七年九月一日大蔵省から取得したから、右譲渡までこれを所有していた期間は三年をこえ、B土地は昭和四〇年三月二九日訴外杉本捷雄から取得したから右譲渡までこれを所有していた期間は三年以内である。よつてA土地の譲渡は昭和四四年法律第一四号による改正前の所得税法第三三条第三項第二号(以下長期譲渡という)に、B土地の譲渡は同項第一号(以下短期譲渡という)に、それぞれ該当する。

(3) AB各土地の譲渡価額については、両土地が隣接して一体となつているところから、単価面積当りの価額に差異はなく、前記合計譲渡価額七四七万二、五〇〇円を両土地の坪数によりあん分して、A土地七一八万八、五四五円、B土地二八万三、九五五円と算定した。

(二) 取得費(別表第一の(一)の<ロ>)

AB各土地の取得費は、原告の申立額のとおりである。

(三) 譲渡費用(別表第一の(一)の<ハ>)

原告がAB土地を売却するために逢坂縄生に支払つた仲介手数料で一〇万円を、右両地の坪数によりあん分して、A土地九六、二〇〇円、B土地三、八〇〇円と算定した。

(四) 特別控除額(別表第一の(一)の<ニ>)

AB土地の譲渡益は六九六万五、〇二九円(算式(1))で四五万円以上であるから、昭和四二年法律第二〇号による改正前の所得税法第三三条第四項第三号によつて右各土地の譲渡所得の特別控除額は一五万円となるが、同条第五項により、まずB土地(短期譲渡)の譲渡益二万四、一五五円(算式(2))から同額を控除し、残額一二万五、八四五円をA土地(長期譲渡)の譲渡益から控除することになる。

「算式」

(1) 7,472,500-(407,471+100,000)=6,965,029

(2) 283,955-(256,000+3,800)=24,155

(五) 譲渡所得金額(別表第一の(一)の<ホ>)

A土地の譲渡所得金額は六八一万五、〇二九円(算式(3))で、B土地の譲渡所得金額は〇円(算式(4))となる。

「算式」

(3) 7,188,545-(151,471+96,200+125,845)=6,815,029

(4) 283,955-(256,000+3,800+24,155)=0

(六) 譲渡所得の総所得に算入する金額(別表第一の(一)の<ヘ>)

A土地(長期譲渡)の譲渡所得金額六八一万五、〇二九円の二分の一に相当する三四〇万七、五一四円である(所得税法第二二条第二項第二号)。

二、本件更正通知書に更正処分をした理由が附記されていないことについて

青色申告書の提出承認を受けている者が申告した青色申告書に係る年分の所得について、更正処分をした場合には、更正通知書にその理由を附記することが、所得税法上要求されているけれども、これは、青色申告書の提出承認を受けている者に対し、帳簿書類を備え付けてこれに所得金額に係る取引を記録し、かつ、その帳簿書類を保存し、更に青色申告書に貸借対照表、損益計算書、その他所得金額または純損失の金額の計算に関する明細書を添付させるという厳格な義務を課している代償として、特に法律によつて与えられている租税優遇措置の一つにすぎないから、右のような義務が、何ら課せられていない、いわゆる白色申告者については、法律の明文の規定もなしに、更正の理由附記が必要であると解すべき根拠は全くない。

三、被告局長が本件審査請求の審理に当つて処分庁から弁明書の提出を求めなかつたことについて

審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めるかどうかは、審査庁の自由裁量に属することがらであるが、本件において被告局長が被告署長に対して弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の有する裁量権の範囲をこえていないのはもとより、その濫用でもない。

第四、被告らの主張に対する原告の答弁等

1. 第三の一の事実中、給与所得金額六三万一、五八六円は認めるが、その余は否認する。

同2.の(一)の(1)の事実中、原告が昭和四〇年三月三一日、A土地とB土地を訴外服部明に譲渡したことは認めるが、その余の事実は否認する。AB土地の実測面積は四三・五坪であり、AB土地の譲渡価額は七四六万四、五〇〇円である。

同2.の(一)の(2)の事実中、B土地を昭和四〇年三月二九日取得したことは認めるが、その譲渡が短期譲渡に該当するとの点は否認し、その余は認める。

同2.の(二)は認める。

同2.の(三)の譲渡費用については、被告ら主張の逢坂縄生に支払つた仲介手数料一〇万円のほかにも、次に述べる、合計一二五万円の譲渡費用が認められるべきである。

2. AB土地の譲渡費用として、被告ら主張の一〇万円のほかに、次の(1)(2)(3)の合計一二五万円がある(なお原告が確定申告において譲渡費用として申し出たのは(2)(3)のみである)。

(1)  立退料 九五万円

A地上には、原告の実父小川真松(以下真松と略称する)所有の別紙第二目録二記載の建物(以下菅栄町の建物という)が存在し、右建物には、真松、原告の妹小川房代(以下房代と略称する)、弟小川平五郎(以下平五郎と略称する)とその妻子四人、弟小川郷太郎(以下郷太郎と略称する)とその妻の計九人が居住していた。

ところが、AB土地は地上の右建物を空屋にして売渡す約束であつたので、原告は、右土地の売却にあたり、右居住者への立退料として、房代に一〇万円、平五郎とその家族に八五万円を、それぞれ支払つた。

(2)  調停の費用 一万五、〇〇〇円

真松は、菅栄町の建物のうち東側部分を西村菊三郎に賃貸していたが、同人を立退すため、大阪簡易裁判所に調停を申立て、その結果昭和三二年五月四日同人との間で、右賃貸部分を昭和三七年五月四日限り明渡す旨の調停が成立し、右明渡期限に明渡がなされた。原告は、右調停の費用一万五、〇〇〇円を支出した。

(3)  諸雑費 二八万五、〇〇〇円

右は、約二年間にわたる買主物色および交渉のための日当、交通費、接待費等である。

3. 本件においては、昭和四四年法律第一五号による改正前の租税特別措置法第三八条の六の事業用資産の買換えの特例が適用されるべきである。

A土地の上には真松所有の菅栄町の建物が存在したので、原告は同人から、昭和三二年から昭和三九年九月九日までは月額五〇〇円、昭和三九年一〇月から昭和四〇年三月までは月額一、〇〇〇円の地代の支払をうけていたが、原告は、昭和四〇年三月三一日にA土地を譲渡し、同年中に別紙第二目録三の1・2の物件を、合計六八五万八、六〇八円(代金のほか仲介手数量、登記料、諸雑費を含む)で購入した。右1の物件は文化住宅、右2の物件はアパートで、いずれも家賃収入をはかるためのものである。

ところで、A土地の近隣の借地事例においても、地代が非常に安いこと、原告は、昭和二七年にA土地をわずか七万六、八二四円という安い価額で譲り受けていること、原告は、A土地についての所有権取得登記を昭和四〇年三月までしていなかつたので、その間固定資産税等公租公課も全く支出していなかつたこと、菅栄町の建物は二戸建で、A土地の地代については地代家賃統制令の適用があつたこと等から、前記月額五〇〇円ないし、一、〇〇〇円の地代は、前記改正前の租税特別措置法第三八条の六第一項、同施行令第二五条の六が事業に準ずるものの要件として規定する「相当の対価」に該当するというべきである。なお、B土地も短期間ではあるがA土地と一体をなしていたのであるから、これと同じに扱われるべきである。従つて、本件には、事業用資産の買換えの特例の適用がある。

第五、原告主張(第四の2・3)に対する被告らの反論等

1. 原告の主張第四の2の事実中、A土地の上に真松所有の菅栄町の建物が建つていることは認めるが、その余の事実は、否認する。

仮に原告が、平五郎と房代に合計九五万円を支払つたとしても、およそ借家人に対する立退料とは、家主が借家人に対して建物の明渡を要求するに際し、一定の金銭の授受を行うことにより、明渡の交渉を円滑ならしめるために支払われる金銭であつて、当事者の合意によつて定まるものであるから、家主である真松がこれを支払うのは別として、家主ではなく地主にすぎない原告が同人らに対して直接これを支払う理由は全くなく、右九五万円はAB土地の譲渡費用には該当しない。

また、原告が、真松と西村菊三郎との間の建物明渡の調停において、その費用を支出したとしても、右西村を立退かせたのはAB土地を譲渡するためではないし、原告は菅栄町の建物の家主ではないのであるから、これを右土地の譲渡に要した費用とみることはできない。

2. 原告の主張第四の3の事実中、A土地の上に真松所有の菅栄町の建物が存在したこと、原告が昭和四〇年三月三一日A土地を譲渡したこと、同年中に原告がその主張の買換物件を購入したことは認めるが、その余の事実は争う。真松は、高齢(AB土地の譲渡時には八〇才)で、その収入も僅かに月額一万円余りであり、原告からは扶養料を手渡されていた。このように極めて少額の収入しかない老父から、扶養料まで渡していた原告が、地代を徴していたとは到底考えられない。

仮に原告が、月額五〇〇円ないし一、〇〇〇円の地代を徴していたとしても、これは近隣土地の地代と比較しても極端に低額であり、このような地代は、租税特別措置法施行令第二五条の六第一項にいう「相当の対価」には該当しない。そもそも同条にいう「相当の対価」は、「事業に準ずるもの」を定める租税特別措置法の趣旨、および事業の一般的な意義からいつて、投資としての採算性、すなわち貸付資産の維持管理に要する必要経費を回収してなお相当の利益を生ずるような対価を得ているかどうかを基準にして判断すべきであり、土地の賃貸についていえば、土地の時価に対して少なくとも銀行の定期預金利率に相当する年六分程度の純益に、税金その他の維持、管理費用年二分を加えた年八分程度の利益を得て、はじめて相当の対価というべきである。ところが、AB土地の価額を固定資産価額(昭和四一年五〇五万七、一〇〇円)と同一とみても、これに年八分を乗じて計算すると年額四〇万四、五六八円となるから、原告主張の年一万二、〇〇〇円は、相当の対価というには程遠いものであることが、明らかである。

第六、証拠

一、原告

1. 甲第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第一四号証、第一五号証の一ないし、四、第一六ないし第一九号証

2. 証人北田幸一、同小川平五郎、同杉本初二、同富里秀夫の各証言、並びに原告本人尋問の結果

3. 乙第一六号証については、日付ゴム印による部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。第五号証、第一二・第一三号証については、官公署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

二、被告ら

1. 乙第一ないし第一六号証(乙第一一号証中、右肩部の「604T事業用」、その下の線と矢印、さらにその下の「居住財産」の部分、その下部の「41・2・22」、右下部の「扶養月1万、12万円、5万円、延60T 下4T」の部分、および扶養の文字の部分の上の矢印は、北田幸一が作成者で、その余の部分は原告が作成者である。乙第一六号証の日付ゴム印の押捺部分の作成者は北田幸一である。)

2. 証人山崎誠一、同服部清一、同北田幸一、同住永満の各証言

3. 甲第三ないし第六号証、第一五号証の一ないし四、第一六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。

理由

第一、請求原因一の事実のうち原告がアパート業を営む者であること、同二の事実は、当事者間に争いがない。

第二、被告此花税務署長に対する請求について

一、まず原告の昭和四〇年分の総所得金額について判断する。

原告の昭和四〇年分の総所得金額のうち、給与所得金額が六三万一、五八六円であることは当事者間に争いがないから、譲渡所得金額について考える。

1. 譲渡価額(別表第一の(二)の<イ>)

原告が昭和四〇年三月三一日、訴外服部明にAB土地を譲渡したことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第九号証、乙第二号証、同第六、第七号証、証人服部清一の証言によつて真正に成立したと認められる甲第三号証、および原告本人尋問の結果によれば、AB土地の面積は登記簿上第二目録一のとおりA土地が四六・五六坪、B土地が一・六五坪とされていること、当初AB土地の面積は四八・二一坪で、その代金は真松所有の地上建物ともで一、二〇五万二、五〇〇円(うち建物は四〇〇万円)とする合意が成立し、原告らはそれだけの代金を受取つたが、その後右土地の坪数に四・七一坪の不足があることが判明したので、原告は右服部に五八万八、〇〇〇円を返還し、結局AB土地の譲渡価額は七四六万四、五〇〇円となつたことが認められ、官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については証人山崎誠一の証言によつて真正に成立したと認められる乙第五号証の記載内容、および証人服部清一の証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

それまで原告がA土地を所有していた期間が三年をこえており、B土地もこれを取得した時期が昭和四〇年三月二九日で、したがつて所有していた期間が三年以内であることは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、A土地の譲渡は昭和四四年法律第一四号による改正前の所得税法第三三条第三項第二号の長期譲渡に、B土地の譲渡は同第一号の短期譲渡に、それぞれ該当することになる。

AB土地が隣接して一体となつていて、両地の単位面積あたりの価額に差異がない旨の被告らの主張事実は、原告において明らかに争わないから、これを自白したとみなす。すると、前記の合計譲渡価額七四六万四、五〇〇円を、両土地の面積によりあん分すれば、(両土地の実測面積の合計が四三・五坪であることは前叙のとおりであるが、AB各土地の実測面積を明らかにする資料がないから、右あん分は前記登記簿上の面積によるほかない)A土地七二〇万九、〇二五円、B土地二五万五、四七五円となる。

「算式」

A土地 <省略>

B土地 <省略>

2. 取得費(別表第一の(二)の<ロ>)

取得費については、当事者間に争いがない。

3. 譲渡費用(別表第一の(二)の<ハ>)

(一)  原告が、AB土地を売却するために仲介手数料一〇万円を支払つたことは、当事者間に争いがない。右一〇万円をAB土地の譲渡価額にあん分すれば、A土地九万六、五七七円、B土地三、四二三円となる。

「算式」

A土地 <省略>

B土地 <省略>

(二)  原告は、右仲介手数料一〇万円のほかに、立退料九五万円、調停費用一万五、〇〇〇円、諸雑費二八万五、〇〇〇円を支出したと主張するので、以下順次判断する。

(1) A地上に真松所有の菅栄町の建物が存在したことは、当事者間に争いがなく、証人小川平五郎の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告の実弟平五郎は、昭和三八年頃より右建物の東側半分(もと西村菊三郎が居住していたところ)を、実弟真松から月額二、〇〇〇円の賃料で賃借して、妻子四人と共に居住していたこと、ところが原告および真松が、昭和四〇年三月に右建物とその敷地であるAB土地を売却することになつたので、平五郎は守口市大久町の家屋(土地つきの建売分譲住宅)に移転したことが認められる。しかし、前掲各証拠のうち、原告が平五郎のために右大久保町の建売分譲住宅を八五万円で買つてやつた旨の供述部分、および証人小川平五郎の証言によつて真正に成立したと認められる甲第六号証(平五郎の原告あて八五万円の受領証)は、原告が自ら認めているように確定申告において右八五万円を譲渡費用として申し出ておらず、本訴において初めてそのような主張をしたことなどからみて、その信憑性が疑わしく、ほかに原告がその主張のように、平五郎に立退料として八五万円を支払つたことを推測させる証拠はないが、たとえ原告が平五郎のために右大久保町の土地家屋を八五万円で買つてやつた事実があつたとしても、その八五万円の支出は、所得税法第三三条第三項にいう「資産の譲渡に要した費用」に該当するとは解されない。けだし、資産の譲渡に要した費用とは、譲渡のための周旋料、登記、登録の費用、借地借家人を立退かせるために支払われる立退料等のように、資産の譲渡のために必要な経費をいい、立退料についていえば、一定の金銭の授受を行うことにより明渡しの交渉を円滑ならしめるために支払われる金銭がこれに該当すると解すべきところ、原告と平五郎との間にはAB土地の賃貸借関係はないし、仮りに地上建物の賃借人に土地の賃貸人が直接立退料を支払うことがあるとしても、本件において前掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、AB土地の譲渡によつて多額の土地代金が入るので、兄として弟である平五郎のために大久保町の土地建物を買い与えたもので、平五郎と真松間の家屋明渡しの交渉を円滑ならしめ、ひいては、AB土地の売却を容易ならしめるために、買い与えたのではないとみられるからである。

次に、原告がAB土地を売却した際房代に一〇万円支払つた事実があつたとしても、これまた立退料として譲渡費用に算入すべきものではない。すなわち成立に争いのない甲第一九号証、証人小川平五郎の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告の妹房代は、真松やその子郷太郎らと共に、菅栄町の建物の西側半分に住居していたこと、房代は外に働きに出ていて収入があつたが、真松と世帯を同じくし、真松に家賃などを支払つていなかつたこと、真松は菅栄町の建物を譲渡して第二目録三の2記載の建物(以下淡路町の建物という)を購入し、一階部分には真松や房代らが居住し、二階部分は賃貸のための共同住宅としたこと、右淡路町の建物は、登記簿上は原告と真松の共有となつているが、真実は真松の単独所有であること、従つて房代は菅栄町の建物の借家人でもないうえ、同人は菅栄町の建物から出た後も、引き続き淡路町の建物に真松と共に住んでいるのであつて、原告から立退料の支払を受ける筋合ではないことが認められ、また証人小川平五郎は菅栄町の建物に住んでいない姉妹のみちえも右土地売却の際原告から若干の金員を貰つた旨供述しており、これらの事実に徴すると、右一〇万円は、菅栄町の建物についての明渡しの交渉を円滑ならしめ、ひいてはAB土地の売却を容易ならしめるために支払われた金銭ではないと認められ、従つて、所得税法第三三条第三項にいう「資産の譲渡に要した費用」に該当するとは解されない。

(2) 成立に争いのない甲第七号証、証人小川平五郎の証言、並びに原告本人尋問の結果によれば、真松は、昭和二〇年頃から西村菊三郎に菅栄町の建物の東側半分を賃貸していたが、同人との間に紛争が生じ、昭和三一年に大阪簡易裁判所に家屋明渡の調停を申立て、昭和三二年五月四日同人との間で、右建物の賃貸借契約を合意解除し、右西村は昭和三七年五月四日限り右建物を明渡し、それまで、月額二、〇〇〇円の割合で賃料相当の損害金を支払う旨の調停が成立したこと、その後西村は右約束を履行し、昭和三七年五月ころには右建物を明渡したこと、そしてそのあとに平五郎が家族とともに居住するようになつたことが認められる。以上の事実殊に調停申立の時期がAB土地譲渡のそれより八年以上も前である事実によれば、AB土地を譲渡するために右西村を立退かせたのではないことが明らかであるから、仮に原告において主張するような調停費用を支出したとしても、それが右土地の譲渡に要した費用に当らないことは明らかである。

(3) 原告は、AB土地を譲渡するため二年間にわたつて買主を物色交渉し、そのための日当、交通費、接待費等として二八万五、〇〇〇円を支出したと主張するが、右主張事実を推測させる証拠はない。一般に、課税所得の存在については課税庁側に立証責任があると解されるが、右のような特別の経費については、納税者である原告において、具体的にその内容を指摘しない限り、課税庁側がその不存在を立証することは、極めて困難であり、納税者において右の指摘もせず、その存在を推測させる程度の立証もしない場合には、これが存在しないものとして取扱うのが相当である。

(三)  すると、譲渡費用は、被告主張のとおり仲介手数料のみで、A土地の分が九万六、五七七円、B土地の分が三、四二三円である。

4. 事業用資産の買換え特例の適用の有無

原告は、A土地の譲渡による譲渡所得金額の算定にあたり、昭和四四年法律第一五号による改正前の租税特別措置法第三八条の六が定める事業用資産の買換えの特例の適用があるとし、その前提として、原告は真松より、昭和三二年から昭和三九年九月まで月額五〇〇円、昭和三九年一〇月から昭和四〇年三月まで月額一、〇〇〇円の割合で、地代を徴していたと主張するが、右主張に沿う成立に争いのない乙第三号証の記載内容および原告本人の供述は、にわかに信用できない。

そして、成立に争いのない甲第八号証、乙第七号証、同第一一号証、証人小川平五郎、同北田幸一、同杉本初二の各証言、原告本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば

(一)  真松は、大正五、六年ころ、当時その所有者であつた杉本捷雄ほか一名からAB土地を賃借し、その地上に前記菅栄町の建物を建てて、第二次大戦末期までそこで洗濯業を営み、真松の子である原告らは、右菅栄町の建物で成育した。

(二)  戦後大蔵省はA土地の所有権を所得し、真松に対して、A土地の払下げを申し入れたが、真松は、地代を支払つて借りる方が得策だとして、右申し入れには応じなかつた。それでこれをみかねた原告は、昭和二七年九月一日自分が右払下げの申し入れに応じ、代金は通常の取引価額より廉価に七万六、八二四円で二年間の分割払とすることで売買契約が成立した。そして原告は、昭和三〇年頃に右代金を完済して、A土地の所有権を取得した。

(三)  真松は、戦後一時期古着屋をしていたこともあるが、昭和三二年当時すでに七二才という高齢で、体の衰弱が甚だしく、特に目や耳が悪く、晩年には歩行も困難な有様で、昭和四三年に死亡した。同人の昭和三二年以降の収入としては、西村菊三郎あるいは小川平五郎からの月額二、〇〇〇円の賃料、自転車等の一時預りによる収入(これは昭和三七年五月より約一年間だけである)、菅栄町の建物の北西部分を散髪屋に賃貸していたことによる賃料(昭和三二、三年頃は月額五、〇〇〇円余りであつたが、昭和三九年頃からは月額一万円であつた)ぐらいのもので、そのほかにはこれといつた定収入はなかつた。しかし同人は、郷太郎や房代と世帯を共にしていたので、日常の生活には困らなかつた。また真松の長男である原告は、毎年、同人と会つた際に、小遣銭(扶養料)として月額一万円位の割合の金銭を渡していた。

以上の事実が認められ(原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。)、これによれば、原告が右土地を廉価で取得できたのは、真松が大正時代から長期間にわたり右土地を賃借していたればこそであり、このようなしかも極めて少額の収入しかない老父の真松から、扶養料さえ手渡していた原告がわずかの地代を徴収していたとは考えられず、原告は地代を徴収していなかつたものと推認される。

されば、事業用資産の買換えの特例の適用があるとする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

5. 特別控除額(別表第一の(二)の<ニ>)

AB両土地の譲渡益は六九五万七、〇二九円(左記算式のとおりB土地の譲渡による収入金額はその取得費および譲渡費用に満たない)で、四五万円以上であるから、昭和四二年法律第二〇号による改正前の所得税法第三三条第四項第三号によつて右各土地の譲渡所得の特別控除額は一五万円となる。

「算式」

7,209,025-(151,471+96,577)=6,960,977

255,475-(256,000+3,423)=3,948

6,960,977-3,948=6,957,029

6. 譲渡所得金額(別表第一の(二)の<ホ>)

A土地の譲渡所得金額は六八〇万七、〇二九円で、B土地の譲渡所得金額は〇円となる。

「算式」

A土地

6,957,029-150,000=6,807,029

7. 譲渡所得の総所得に算入する金額(別表第一の(二)の<ヘ>)

A土地(長期譲渡)の譲渡所得金額六八〇万七、〇二九円の、二分の一に相当する三四〇万三、五一四円である(所得税法第二二条第二項第二号)。

8. 原告の昭和四〇年分の総所得金額

以上の事実によれば、原告の昭和四〇年分の総所得金額は、給与所得六三万一、五八六円と、譲渡所得の総所得に算入する金額三四〇万三、五一四円の合計四〇三万五、一〇〇円である。

原告は、本件更正処分には、原告の所得を過大に認定した違法があると主張するが、右のとおり原告の昭和四〇年分の総所得金額は四〇三万五、一〇〇円であるから、本件更正処分における総所得金額三九五万九、一四八円(大阪国税局長の審査請求に対する裁決により、減額されたのちのもの)には所得を過大に認定した違法はないといわなければならない。

二、次に原告は、本件更正通知書には、更正の理由を附記していない違法があると主張するので考える。

本件更正通知書に、更正処分をなした理由を附記していないことは、当事者間に争いがない。しかし、青色申告書に係る更正については理由を附記しなければならないことが所得税法第一五五条第二項に規定されているが、これは、青色申告の承認を受けているものに対し、帳簿書類を備え付けてこれに所得金額に係る取引を記帳させる等の同法第一四八条第一項、第一四九条所定の厳格な義務を課している代償として、特に法律によつて与えられている優遇措置の一つにすぎないから、右のような義務が課されていないいわゆる白色申告書について、法律上の明文の規定もなしに、更正の理由附記が必要であると解すべき根拠は存しない。そして原告が昭和四〇年分所得税につき白色申告をしたことは当事者間に争いがないから、原告の右主張は、失当である。

三、更に原告は、被告署長が、<1>原告に対して不当な調査をなし、かかる不当な調査に基づいて本件更正処分をなし、<2>原告が商工会会員である故をもつて、他の納税者と差別的にかつ商工会の弱体化を企画して本件更正処分をなしたと主張するので、以下これらの点について判断する。

まず原告は、被告署長において不当な調査をなしたというが、具体的にどのような調査がなされたというのか明らかでない。それはともかく、前顕乙第二、第三号証、同第一一号証、成立に争いのない甲第一号証、同第一一号証の一、二、乙第一号証、日付ゴム印の押捺部分は弁論の全趣旨より真正に成立したと認められ、その余の部分は成立に争いのない乙第一六号証、証人富里秀夫、同北田幸一の各証言、原告本人尋問の結果、(ただし、証人富里秀夫の証言、原告本人尋問の結果中後記信用しない部分を除く)、並びに弁論の全趣旨によれば、課税の経緯について、次の事実が認められる。

(一)  此花民生商工会の会員である原告は、昭和四一年二月二二日此花税務署の資産税係であつた北田幸一と面接し、事業用資産の買換え特例の適用の有無などに関して具体的に事情を述べて相談したが、昭和四一年三月一一日には、右相談の結果を参考にして、「土地の事業用に使用していた説明書」(乙第三号証)を作成、これを添付して昭和四〇年分の所得税の確定申告書を、被告署長に提出した。右申告書には、AB土地の譲渡費用は四〇万円である旨および事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨が、右説明書には原告がA土地を父真松に一カ月五〇〇円(ただし昭和三九年一〇月より一、〇〇〇円)の地代で貸付けていた旨記載されていた。

(二)  原告の確定申告についての調査を担当した前記北田幸一は、右譲渡費用と事業用資産の買換えの特例の適用について疑問をいだき、昭和四一年七月二一日原告に対し、同月二六日にAB土地の譲渡所得の申告のことで、尋ねたいので、譲渡経費を明らかにする関係書類、地代支払を明らかにする書類を持参して、此花税務署へ出頭するよう求めた。けれども当日原告は、右いずれの書類も持参せず、当時此花民主商工会の事務局長であつた富里秀夫とともに、右税務署へ出頭した。それで同日、北田幸一は、原告に対し、事業用資産の買換えの特例は困難である旨を告げ、なお地代の領収書等地代の収受がわかる書類を提出する必要があると伝えた。しかし原告は、その後地代収受の有無を明らかにする書類は一切提出することがなかつた。

(三)  それで被告署長も、右説明書のみでは原告が父真松から地代を取立てていたと認めるわけにはいかないし、また仮にその事実があつても、右地代の額は地価および場所柄から考えて低額にすぎ、租税特別措置法施行令第二五条の六第一項の相当の対価を得た貸付けとはいえないと判断し、また譲渡費用四〇万円については、原告が逢坂縄生に支払つた仲介手数料一〇万円しか容認できず、その余は支払いの事実が明らかでなく、さらにその他にも二、三、被告署長が調査したところと相違するところがみられたので、昭和四一年一〇月一日本件更正処分をなした。

以上の事実が認められ、証人富田秀夫の証言、原告本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。(原告は、原告が昭和四一年二月二二日北田幸一と面接したことがないことを証明するため甲第一六号証の入院証明書を提出しているが、これによつても同日は入院の初日であつて、終日外出等をしないで入院していたとまでは認められず、前記認定の妨げとはならない)。

右事実によれば、被告署長が本件更正処分をなしたのは、主として事業用資産の買換えの特例の適用と譲渡費用の点について、原告の提出した資料のみでは原告の申立を容認することができないので、本件更正拠分をなしたことが明らかであり、その過程においても、何ら不当な調査はなされていないものと推認される。さらば、原告の右主張は、理由がないといわなければならない。

更に原告は、被告署長が、他の納税者とは差別的にかつ商工会の弱体化を企図して、本件更正処分をなしたと主張するところ、前叙のとおり原告が商工会の会員であることは認められるが、被告署長が原告主張のような意図で更正処分をなした事実を推測させる証拠はなく、かえつて前記認定の事実によれば、被告署長が本件更正処分をなしたのは、調査の結果に基づいて事業用資産の買換え特例の適用を否認し、譲渡費用の一部を否認し(これらを否認した措置の正当であつたことは、すでに第二の一において認定したとおりである)、その結果原告の確定申告額と異なる結論に到達したからであり、被告署長が、他の納税者と差別的にかつ商工会の弱体化を企図して、本件更正処分をなしたものではないことが推認される。

第三、被告大阪国税局長に対する請求について

原告は、被告局長に対し原処分庁である被告署長の弁明書副本の送付方を請求したのに、被告局長が、原処分庁に弁明書の提出を請求していないという理由で、右請求に応じられない旨回答した(以上の事実は当事者間に争いがない)のは、行政不服審査法に違反すると主張する。

けれども、本件審査請求がなされた当時には、現行国税通則法第九三条のように、審査庁に対して、原処分庁から弁明書(答弁書)を提出させることを義務づけ、提出されたその副本を審査請求人に送付すべき旨を定めた規定はなく、行政不服審査法第二二条の文言によれば、審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の自由裁量に委ねられているものと解されるが、原告は、被告局長が被告署長に弁明書の提出を求めなかつたことについて、裁量権の範囲をこえ、または濫用にあたる事実は、何ら主張・立証していないから、原告の右主張は、理由がないものといわなければならない。

第四、被告国に対する請求について

原告が昭和四一年一二月七日、被告局長に対して本件審査請求をなしたが、同局長が裁決をしないので、昭和四三年二月二一日、同局長を相手に大阪地方裁判所に不作為違法確認の訴え(同庁同年(行ウ)第六五号事件)を提起したところ、同局長が同年四月二三日裁決をなしたこと、被告署長が原告所有の家屋を差押えたことは、当事者間に争いがない。

ところで、行政不服審査法第一条第一項は、行政不服審査制度が、「迅速な手続による国民の権利利益の救済を図る」ことを目的とするものであることを明らかにしているが、審査請求がなされてから裁決まで一年四か月の期間を要したというだけで、直ちに、同条に違反し、その結果被告局長の所為が違法であると速断することはできない。被告局長において、既に裁決をなしうる状況にあるのにことさら裁決を遅らせたり、あるいは、いたずらに事件の処理を放置し、そのために、前記制度の趣旨が損われる程度に著しく裁決の遅延をみるような場合には、被告局長の措置は、行政不服審査制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきであるけれども、本件全証拠によつても、そのような事実は認めがたいから、被告局長の所為を違法とすることはできない。

されば、原告の被告局長に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

第五、結論

そうすると、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴証費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 鴨井孝之 裁判官紙浦健二は、さしつかえにつき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 石川恭)

別表第一

<省略>

<省略>

(以上)

第二目録

一、譲渡物件

1. 大阪市北区菅栄町五六番地の二宅地

四六坪五合六勺(A土地)

2. 同町二二番地の一宅地 一坪六合五勺(B土地)

二、大阪市北区菅営町五六番地上

家屋番号 同町第八七番

一、木造瓦葺二階建店舗

床面積 一階 二一・五四坪

二階 一五・七〇坪

買換物件

1. 大阪府門真市常盤町三六三番地の六

一、宅地  一六八・五九平方メートル

右地上

家屋番号 三六三番六

一、木造瓦葺二階建共同住宅  一棟

床面積  一階  一一八・三一平方メートル

二階  一二六・六四平方メートル

2. 大阪市東淀川区東淡路町三丁目六五番地上

家屋番号 同町二二番

一、木造瓦葺平家建居宅  一棟

床面積 二八・〇九平方メートル

(但し買受時は二階建で、一階は真松所有の居宅、二階は原告所有の共同住宅)

(以上)

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